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「One for all, all for one」と言う有名な標語がある。「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」などと訳されることが多いようだ。

僕がこの言葉に初めて出会ったのは小学校の高学年の頃だったと思う。学年全体で取り組む演劇のテーマが,この「One for all, all for one」だった。なんて気持ちの悪い言葉なんだ,というのが最初の感想だった。

「ひとりはみんなのために」は,想像しやすい。全体主義のようで薄気味悪さもあるが,しかし概ね理解できる。義務教育のような場で引っ張り出すのが適切かと言われると少し引っかかるが,それも含めて教育だと言われれば返す言葉もない。具体的には目立たない地味な仕事でもみんなのためにしっかり取り組もうとか,困っている人がいたら積極的に助けようとか,そんなふうに理解できる。

一方で「みんなはひとりのために」というのはなんだか妙だ。想像しにくい。たとえば「みんな」のなかに困っている「ひとり」がいたら助けてあげようね,みたいな話だとしてみよう。しかし主語は「みんな」であるから,「みんな」がよってたかってひとりのために集まってくるところが想起される。無能の集まり,と言って差し支えないだろう。

では「みんな」の中の数名が「ひとり」のために働くことを考えるとどうだろうか。なんとなく「みんなはひとりのために」らしくあるが,しかしこれも違和感がある。ここで「みんな」について考えてみると,これは「ある目的を持った集団」と換言できるだろう。ここでいう「みんな」は漠然とした他者ではない。とすると,「みんな」のなかの数名が「ひとり」のために働く状況は最終的に「みんな」の「ある目的」のためであると説明でき,これはむしろ前半の「ひとりはみんなのために」の方がしっくりくる状況な気がする。(もちろん現実に起こる出来事はそんなドライじゃなくて,友達が困ってるから助ける,みたいな形になるのだろうけれど)

ざっくりと,これに近いことを,小学校高学年程度のレベルで考え,そのために「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」の特に後半について,気まずさのようなものを感じていたのであった。

この言葉を知るきっかけになった小学校の行事は,こう言った気持ち悪さを抱えたまま取り組んだ気まずい出来事としての側面を持って記憶されている。(演劇そのものはあまり覚えてないがなんとなく良かった記憶がある)

ところで最近「All for one」の部分は誤訳であり「みんなはひとつのために」が正しい訳である,という説があるのを聞いた。「ひとつ」というのは目的であり,スポーツなら勝利だし,演劇なら最高のパフォーマンスをすることになるのだろう。

これはしっくりくると思ったのだけれど,信頼できる情報源が見つからず,辞書の類はほぼ最初に書いた通りの訳で紹介しており,イマイチ信頼できんなぁという気持ちになり,こう言った文章を書いた次第。